DISCREET CHAIR
エリック・サティの音楽を僕が初めて聞いたのは昔の話で、うろ覚えですが、確か、中学の後半から高校に入った頃(60年後半〜70年初頭)だったとおもいます。当時ビートルズに代表されるロックに、そろそろ飽きてJAZZを聞き始めた頃でした。ロックをJAZZで味付けしたBlood Sweat & Tears (グループ名 血と汗と涙) の二枚目のアルバムの曲間にJAZZ風に編曲されて入っていた"ジムノペディ"がそれでした。当時はまだ、それがサティの音楽だとはしらず後に知る事になるのですが、なぜか印象に残り続けたメロディーでした。時を経て70年半ばから高橋アキ、高橋悠治の演奏で日本でちょっとしたサティのブームになりました。そんな中ではじめて聴いたイーノの音楽はサティの”家具の音楽”を発展させたもので、ずいぶん頭のいい人がいるもんだと思いました。
サティの家具の音楽については僕が書くより、D・ミョーの文章が参考になるとおもいます。抜粋、引用しておきます。
© Ren'e Julliard, Paris, 1949 の英語版 © Calder & Boyars, London, 1962より
「D・ミョー 三浦淳史 訳」
人間の視覚というのは、けっこう包容力のあるもので、壁紙の柄とか、天井と壁との境の蛇腹、姿見のフレームなどのオブジェや形を愉しむことができるように [ また、おもしろいのは、眼はそういうものを見ているのだが、対象のほうは、そこに存在することは疑問の余地がないのに、眼なんか相手にしてないことである ] サティは、人から意識的に聴かれることのない音楽があったらおもしろいんじゃないかと思った。”家具の音楽”というのはどうだろう。つまり、室内の家具のように変化を添えるバックグラウンド・ミュージックで、部屋のなかで演奏されるのである。オーリックとプーランクはこういうサティの提案に失望したが、私はとても面白いと思ったので、サティに協力して、バルバザンジュ・ギャラリーでおこなわれたコンサートで実験してみた。コンサートでは、マルセル・メイエが”六人組”のピアノ曲を弾き、ベルタンが「ナント劇場の一人の端役」という題のマックス・ジャコブの戯曲を上演した。これにはトロンボーン一本が伴奏を付けた。彼はまた三本のクラリネットの伴奏でストラビンスキーの「ネコの子守唄」をうたった。そこで、サティと私は、プログラムに盛られたさまざま曲目が演奏されてゆく過程で使われている楽器をもちいて休憩時に演奏される曲をつくっておいた。曲がホールのあらゆる方向から同時に聞こえてくるように、私たちはクラリネット奏者を劇場の三つのちがった隅に配置し、ピアニストを第四のコーナーに、そしてトロンボーンを1階のボックスに置いた。プログラム・ノート には、休憩中、蝕台やシートあるいはバルコニーに向かって演奏されるリトルネルロに対して、いっさい気をとめないようにという聴衆への注意書きがしるしてあった。私たちの思わくとは反対に、音楽がはじまるとすぐ聴衆は自分の席へ戻ろうとする動きをはじめた。サティが「おしゃべりを続けるんだ!動き回って!音楽を聴くんじゃない!」と大声でわめき散らしても、しょせん無駄だった。聴衆はおしゃべりをやめて傾聴した。ねらった効果はまったくだめになった・・・・・サティは自分の曲が聴衆から愛されようとは思ってもみなかったのだった。これが私たちがこの手の音楽を公に実験してみた唯一無二の機会だった。それにもかかわらず、サティはワシントンのユージン・マイナー夫人の求めに応じて、もう一曲”家具のリトルネルロ”を書き、その手書きのスコアは、私をとおして、夫人に届けられた。だが、この「県知事の執務室のための音楽」を充分活用するためには、彼女はそれを録音させた上で、何回も繰り返しかけるべきだったのだ。そうしてこそ、この音楽がクレセント広場にある彼女の美しい書斎の家具の一部となり、マネの静物画が眼を愉しませると同様にこの音楽が耳を愉しませたであろうに。いずれにしても、未来がサティの正しかったことを証明することになったのである。:当節、子供たちや主婦たちは、ラジオの音をききながら読書したり、仕事をしたりしており、誰からも注意されない音楽が家のなかにあふれている。すべての公的な場所、たとえば大きな店やレストランでは、お客たちは果てしのない音楽の洪水のためにずぶ濡れになっている。アメリカでは、どこのカフェテリアでも、五セントという安い金額で、どのお客にも、孤独を慰めてくれたり、あるいは、相棒との会話にバックグラウンド・ミュージックを提供してくれる音楽を供給する機械を設置している。これが”家具の音楽”なのではないだろうか?耳にしているが、聴いてはいないのだから。
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ディスクリートチェア 森下 真