DISCREET CHAIR
すばらしい技術を持った職人がいれば良い家具や椅子ができるか?斬新な感性を持ったデザイナーがいれば良い椅子が出来上がりますか?答えはYESでもありNOでもあります。当家具工房では椅子デザイン、家具デザインのコンセプトとそれを支える技術の融合する場としてデザインと試作の繰り返しを家具制作の中で最も重要な作業として位置付けています。
椅子をデザインする事と椅子を実際に作る事は本来切り離して考えられるものではありません。実際に自分が椅子を作ろうとデザインをして、いざ図面を書き始めようと思っても具体的な技法や工作方法を知らなければ不安で書き進める事は難しいと思います。
かつて、椅子のデザインと製造の現場を見るべく、ある椅子メーカーの試作課に入ったのですが、デザインと技術部門のやり取りは満足のいくものではありませんでした。全体を俯瞰し、統一された考えで椅子を創り出す事は現実的には難しい事でした。
この家具工房を始めた経緯はそんなところにもあります。自分の考えで椅子を作る。デザインの機能的要素と美的要素、そして具体的な技術の要素、そのどこにも偏らないバランスの良い椅子を作りたいと考えています。
戦後の高度成長期の様なごく幸福な時期は過去へと過ぎ去り、社会の有り様も大きく変わろうとする今。この分野もご多分に漏れず常に進歩や他との差別化が必要になります。 小規模な家具工房にとって一般には「手作り」と言う事が強調されがちですが、小さな工房であるからこそ伝統的な技術と新しい技術のバランスの良い習得が必要になります。家具作りでは金属やプラスチックのような均質な素材とちがい生きた素材である木が主たる素材になる為、機械加工の補助に使う型や治具を作る時でさえ伝統的な技術を習得し木の性質を充分理解していないといけません。一見新しく合理的な技術にも裏で支える古い技術とのやり取りが常に必要になります。
小さな家具工房の強みは加工方法の技術的制約がデザインの発想のヒントになったり、逆にデザインの要請で新しい加工技術を考え付いたりと小回りが利く点にあると思います。
またデザインから制作まで一貫して行なわれるため、意思さえあれば筋の通った椅子作りが可能になります。
バランスの良い椅子作りをする為には「デザイン、アイデアの練り上げ」、「原寸図」、「試作」、「検討」この一連の作業の繰り返しが大切です。一方、椅子は家具の中で唯一、人の体に直接触れる家具です。人との親和性が最も求められる家具です。ですから[特に椅子の座り心地など目に見えない要素や三次元の微妙な形の美しさ]を現実のモノとして具現化し、データとして定着する為にはこの作業が欠かせません。一脚の椅子が出来上がるまでにはこうした一連の作業を繰り返します。
「この椅子を作るのにどのくらい時間が掛かりますか?」よく質問される事です。
普段、みなさんの目に触れない想像もつきにくい部分だと思いますが、実際に木をけずったり切ったりする事だけが椅子を作る作業の全てではありません。デザインから試作を経て椅子が出来上がるまでの流れをごく簡単に紹介してみたいと思います。
まずは椅子の基本的コンセプトをたてます。誰がどこでどんな用途で使うのか指針をきめます。また技術、材料に制限を設けず高級な椅子を作るのか普及品を作るのかといった方向性もきめて以下に示す具体的な作業に入っていきます。
基本の方向性に沿ってどんな構造で、どんな形で行くか決める最初の段階です。この段階から発想がポッと浮かんで事がどんどん進んで行くわけではありません。普段から落書き的に方眼紙に思い付いたことを書き留めています。方眼紙を使う訳は常に寸法や構造をからめて考えるのに便利だからです。こうしてためたネタを逆さにしたり、ずらしたり、横に倒してみたり、硬くなりがちな自分の視野の外から発想をひねり出します。
この段階でイメージを明確につかめなかったり、構造に不明確な点があれば、模型を作って自分自身の理解の助けとします。模型制作の過程で全体のプロポーションや実際の制作上での問題点などが浮かび上がってきます。こうした作業を行きつ戻りつして1/5くらいの三面図を書き上げ、イメージをかためます。
さておよそのイメージが固まったらプロトタイプ作成の為の原寸図をかきます。一枚の図面に実際の制作の為に必要な情報をすべて書き込みます。細かい接合部の検討、原寸大に書かれた図面を見てイメージの修正、三面図で表現しきれなかった実体寸法、加工に必要になるであろう治具のことなども、
この時点で考え、必要な場合は細かく書き込んでおきます。椅子の三面図が難しいのは単純な三面図だけで、立体的な椅子を書ききれない為、その部分を第三者が見ても理解できるかたちで書き込んでおくことです。
原寸図ができ上がったらいよいよ試作です。図面をもとに実際に作ります。スケッチや図面は平面でしたが、この試作の段階で立体になることによるイメージの修正、接合方法、実際に作ってみないと解らなかった問題点のチェック、また本番にそなえて合理的な加工方法の検討を行ないます。
試作品ができあがったら椅子の場合は自分で座って各部のサイズ、角度など当初、狙った意図をクリアしているか確認します。同じ座面の高さでも実際、作って確認しないと人の体が感ずる座り心地は微妙に異なります。修正すべきポイントを洗い出しそのデータをフィードバックし、再び原寸図に反映させます。この作業を繰り返し、あるレベルをクリアしたものをカタログに載せることになります。このホームページの作品番号が途中で飛んでいる所がありますが、それは現在試作段階のものがあるという事です。
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ディスクリートチェア 森下 真